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東京地方裁判所 昭和58年(ワ)10212号 判決 1985年4月03日

原告

清野美都里

(他二名)

原告ら訴訟代理人弁護士

三宅雄一郎

同訴訟復代理人弁護士

高木権之助

被告

阿部精吾

主文

一  被告は、

1  原告清野美都里に対し、金一三三万〇六〇〇円及びこれに対する昭和五七年六月一日から支払済みまで年六分の割合による金員

2  原告杉山奈緒美に対し、金七八万二〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年七月一日から支払済みまで年六分の割合による金員

3  原告太田真由美に対し、金二七九万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年九月一日から支払済みまで年六分の割合による金員

を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一項と同旨。

2  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、東京都港区赤坂三丁目一八番八号赤坂エムプレスビル五階において、屋号を「あべ亭」とする飲食店を経営している。

2  原告らは、被告に雇用され、次の期間「あべ亭」において従業員として就労した。

(一) 原告清野 昭和五六年一〇月から昭和五七年五月まで

(二) 原告杉山 昭和五六年一一月から昭和五七年六月まで

(三) 原告太田 昭和五六年一〇月から昭和五七年八月まで

3  原告らの雇用条件は、次のとおりであった。

(一) 賃金 原告ら三名とも時給一三〇〇円、毎月末払い

(二) 勤務時間(一日)

(1) 原告ら三名とも 各雇用から昭和五七年一月三一日まで、午後四時から午前四時まで(一二時間)

(2) 原告清野及び同杉山 同年二月一日から各退職まで、午後七時から同一一時まで(四時間)

(3) 原告太田 同年二月一日から同年四月三〇日まで、午後四時から午前二時まで(一〇時間)

(4) 原告太田 同年五月一日から退職まで、午後四時から同一二時まで(八時間)

(三) 休日 原告清野は週一回、原告杉山は週二回、原告太田は休日なし

4  原告らは、別紙記載のとおり、右の雇用条件に基づいて就労し、次の賃金債権を取得した。

(一) 原告清野 合計一八三万五六〇〇円

(二) 原告杉山 合計一二二万二〇〇〇円

(三) 原告太田 合計三四九万七〇〇〇円

5  原告らは、次のとおり、被告から賃金の一部支払を受け、また、被告に立替金債務等を負担している。

(一) 原告清野 合計五〇万五〇〇〇円

(1) 賃金の一部として、昭和五六年一一月末に一七万円(ただし、名目二〇万円から家賃立替分として三万円控除)、退職までの間に「前借り」名下に一万円ずつ三回、退職後に二万円ずつ二回及び二万五〇〇〇円一回(ただし、原告らの母親名義の銀行口座に入金)の計二六万五〇〇〇円の支払を受けた。

(2) 一カ月につき三万円の家賃分担金として、昭和五六年一〇月から昭和五七年五月まで八カ月分、計二四万円の立替えを受けている。

(二) 原告杉山 合計四四万円

(1) 賃金の一部として、昭和五六年一一月末日に一七万円(ただし、名目二〇万円から家賃立替分として三万円控除)、退職までの間に「前借り」名下に一万円ずつ三回の計二〇万円の支払を受けた。

(2) 一カ月につき三万円の家賃分担金として、昭和五六年一一月から昭和五七年六月まで八カ月分、計二四万円の立替えを受けている。

(三) 原告太田 合計七〇万円

(1) 賃金の一部として、昭和五六年一一月ほか一回に各一七万円(ただし、いずれも、名目二〇万円から家賃分担金として三万円控除)、退職までの間に「前借り」名下に一万円ずつ三回の計三七万円の支払を受けた。

(2) 一カ月につき三万円の家賃分担金として、昭和五六年一〇月から昭和五七年八月まで一一カ月分、計三三万円の立替えを受けている。

6  よって、原告らは、被告に対し、賃金債権から一部支払分を差し引き、立替金債務を便宜相殺処理した残額である原告清野は一三三万〇六〇〇円、原告杉山は七八万二〇〇〇円、原告太田は二七九万七〇〇〇円の未払賃金と、これらに対する弁済期経過後である原告清野は昭和五七年六月一日から、原告杉山は同年七月一日から、原告太田は同年九月一日から各支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2のうち、原告らがその主張の期間「あべ亭」において就労したことは認める。

3  同3(一)の事実は否認する。賃金は、昭和五六年一〇月から昭和五七年一月二〇日までは日給八〇〇〇円、同月二一日以降は時給一二〇〇円であった。

同(二)の事実のうち(1)は否認し、(2)は認め、(3)及び(4)は否認する。原告ら三名とも、昭和五七年一月二〇日までは午後四時ないし午後四時三〇分から午前二時まで、同月二一日以降は午後七時から同一一時まで(ただし、忙しい日は時間を延長)が勤務時間であった。

同(三)の事実は否認する。原告清野及び同太田は日曜・祝日、第一・第三土曜日が、原告杉山は日曜・祝日、毎水・木曜日、第三土曜日が休日であり、また、原告ら三名とも、自分の都合で休日を変更していた。

4  同4の事実は否認する。原告らが就労期間中に得た賃金債権は、原告清野が合計八八万九八〇〇円(うち、昭和五七年二月分以降は三六万一八〇〇円)、原告杉山が合計六二万五六〇〇円(同三四万五六〇〇円)、原告太田が合計一二七万六六〇〇円(同六三万六六〇〇円)である。

5  同5の事実は、抗弁1及び2の主張に反する範囲において、すべて否認する。

三  抗弁

1  被告は、原告ら三名に対し、昭和五七年一月分までの賃金は毎月支払済みである(ただし、合意のうえ、生命保険料や、家賃・生活雑費の被告立替分を控除した)。

このほか、被告は、原告らに対し、次のとおり賃金の一部を支払った。

(一) 原告清野 昭和五七年二月及び三月に各一万円、同年四月に二万円、同年六月に五万円、退職後に原告らの母親あてに六万五〇〇〇円の合計一五万五〇〇〇円

(二) 原告杉山 昭和五七年三月に二万円、同年四月に三万円、同年五月に一万円、同年六月に三万五〇〇〇円、同年七月に七〇〇〇円、同年八月に二万五〇〇〇円の合計一二万七〇〇〇円

(三) 原告太田 昭和五七年二月及び三月に各一万円、同年四月及び五月に各二万円、同年六月に五万円、同年七月に一四万円、同年八月に六万二〇〇〇円、同年九月に二万円、同年一一月に二万円と三万円の合計三八万二〇〇〇円

2  原告ら三名は、「あべ亭」勤務の間、被告と共に南青山のマンションを賃借して共同生活をしており、その家賃や、電話代・水道代・ガス代・電気代等の生活雑費は各人で分担することとなっていたが、被告は、次のとおり、原告らが分担すべき費用を立て替えているので、昭和五九年一一月一六日の口頭弁論期日において、この立替金請求権をもって原告らの賃金請求権と対当額で相殺する旨の意思表示をした。

(一) 原告清野 昭和五七年二月から五月までの家賃として計一二万円、同年二月から六月までの生活雑費として計三万八九六五円の合計一五万八九六五円

(二) 原告杉山 昭和五七年二月から六月までの家賃として計一五万円、同年二月から七月までの生活雑費として計四万三二五五円の合計一九万三二五五円

(三) 原告太田 昭和五七年二月から九月までの家賃として計三四万六五〇〇円、同年二月から一〇月までの生活雑費として計七万四九三〇円の合計四二万一四三〇円

3  原告らに支払われるべき昭和五七年二月分以降の賃金からは、次の所得税が控除されるべきである。

(一) 原告清野 合計九四七〇円

(二) 原告杉山 合計七四六〇円

(三) 原告太田 合計二万四一五〇円

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は、請求原因5の主張に反する範囲において、すべて否認する。

2  同2は争う。これは、法的に成立しない主張である。

第三証拠関係(略)

理由

一  請求原因1の事実、同2のうち原告らがその主張の期間「あべ亭」において就労したこと、及び同3(二)のうち原告清野と原告杉山の勤務時間が昭和五七年二月一日から各退職までの間は午後七時から同一一時までであったことは、当事者間に争いがない。

これらの事実に、成立に争いがない(書証・人証略)を総合すれば、次の事実が認められる。

1  被告は、昭和五六年夏ころ、当時いわゆる恋人の間柄にあった原告太田と共に「あべ亭」を新規経営することを企図したが、同原告からの提案を受けて「三姉妹」を店のキャッチフレーズとすることとし、同原告の長姉の原告清野及び次姉の原告杉山にも一緒に働くよう呼び掛け、結局、原告ら三名が被告に雇用され、「あべ亭」の従業員として勤務することとなった。そして、このときまでに、雇用条件は、請求原因3の(一)、(二)(1)及び(三)のように取りきめられた(ただし、賃金は毎月二〇日締め、二五日支払)。

2  「あべ亭」は同年一〇月一二日に開店したが、原告清野及び原告太田は同月初めの開店準備のころから勤務を始め、原告杉山は、同月中ごろの開店披露の際に二、三日手伝いをした後、同年一一月一六日から正式に勤務を始めた。

3  被告は「あべ亭」を当初は休日なしで営業していたが、昭和五七年三月ころからは日曜日を休業するようになった。また、被告は、同年一月末のミーティングの際に、原告らに対し、今のままでは賃金が支払えないので一日の勤務時間を短縮するよう申し入れ、原告らもこれを了承したため、原告らの勤務時間は請求原因3(二)の(2)及び(3)のように変更された。

4  その後、原告太田の勤務時間は請求原因3(二)の(4)のように変更されたが、原告らは、被告からの賃金の支払が受けられない状態が続いたので、原告清野が同年五月末に、原告杉山が同年六月初めころに、原告太田が同年八月末にそれぞれ退職した(ただし、原告太田は、同年九月にも若干日は手伝いとして就労した)。そして、原告ら三名は、雇用から退職までの間、所定の休日のほかにわずかに休んだことはあったが、それ以外は取りきめられた雇用条件に従って就労し、その結果、請求原因4のとおり賃金債権を取得した。

以上の事実が認められ、被告本人尋問の結果中この認定に反する部分は、前掲の他の証拠に照らして信用できない。また、被告が作成したことに争いがない(書証略)並びに「太田」の印影を除くその余の部分について被告が作成したことに争いがない(書証略)には、右の認定に反する記載内容があるが、後記二のとおり、これら各証には信憑性が認められず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  被告は、原告ら主張の雇用条件、就労時間及び取得した賃金債権を争い、また、賃金の一部支払の抗弁を主張して、それに副う記載がある(書証略)を提出するので、検討する。

まず、(書証略)は、被告本人の供述によれば、「あべ亭」で日々に作成される日計表の記載を元にして、開店一カ月後くらいから、被告がほぼ毎日記入し、通常は店の客席部分にある戸棚の中に保管してある帳簿であり、(書証略)にある「太田」の印影は、被告が原告太田から預かった印鑑を用いて、原告らに毎月賃金を支払った際に、その都度押印したものというのである。しかし、原告三名の各本人尋問の結果によれば、原告らはいずれもこの帳簿の存在を全く知らず、特に原告太田は恋人として当時ほぼ四六時中被告と共にいたにもかかわらず、その存在を被告から聞いたことさえなかったことが認められるし、(書証略)の記載状況を見ても、ほぼ毎日記入していたというには記載された文字等の間に形態のばらつきが乏しいようにも窺われ、更に、「太田」の印影は、原告太田本人尋問の結果によれば同原告はそのような印鑑を保有していなかったことが認められるばかりか、押印状況そのものも、別々の日に押印されたというには、(書証略)ごとに、あまりにも似通った形態で押印されていることが認められるのであり、これらを総合すれば、この帳簿が被告本人が供述するように作成されたものとは認め難く、その記載内容をそのまま認めることは到底できない。

更に付言すれば、原告清野本人尋問の結果によれば日計表には原告らの就労した時間が日々記載されていたことが認められ、(書証略)によれば被告は原告らに対し未払賃金があることを承認していたことが認められるのであるから、被告としては、その未払賃金額の算出につき争いを生じさせないためにも、その基礎となるべき日計表を保存しておくべきものと考えられるにもかかわらず、被告本人の供述によれば、この日計表は、特に理由はないが不要になったので昭和五七年九月ころ処分したというのであり、この事情によっても、(書証略)の記載内容に疑問を差し挟まざるを得ないのである。

また、(書証略)は、被告本人の供述によれば、原告らに月々支払った賃金の明細書の控えであるというのであるが、原告杉山及び原告太田の各本人尋問の結果によれば、原告らは昭和五六年一一月末に賃金の支払を受けた際に、このような明細書の控えに認印又は拇印を押印したことが認められるにもかかわらず、(書証略)にはそのような印影がなく、また、一般に、賃金を支払う際には支払明細書の控えに受領印を押印させるのが通例であることをも併せ考えれば、(書証略)がその記載どおりの事実を証するものとは認めることができない。

したがって、これら(書証略)は、これによって前記一の認定を左右することができるものではないし、また、抗弁1の事実を認めるに足りる証拠となるものでもない。

そして、この抗弁に副う被告本人の供述も、原告三名の各本人尋問の結果に照らして信用できず、他に、原告らが請求原因5で自認する範囲を超えて賃金の支払があったことを認めるに足りる証拠はない。

三  被告は、このほか、家賃や生活雑費の原告ら分担金を立て替えているとして、相殺を主張する。しかし、労働基準法二四条一項は「賃金は……その全額を支払わなければならない」と規定し、これは、労働者の賃金債権に対しては使用者が労働者に対して有する債権をもって相殺することを許さないとの趣旨を包含するものと解されるから、被告の主張は失当である。

また、被告は、原告らに支払われるべき賃金からの所得税の控除を主張する。しかし、所得税の源泉徴収は、使用者が労働者に対し賃金を現実に支払う際に行うべきものであり(所得税法一八三条一項)、賃金債権を確定してその支払を命じる際にその額を予め差し引くべきものではないから、この主張も失当である。

したがって、抗弁2及び3は、いずれも理由がない。

四  よって、原告らの本件請求はいずれも理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 片山良廣)

別紙(略)

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